大内政弘の和歌は同時代の和歌にくらべて分かりやすいというのが特徴です。足利義政のように技巧に凝ってなく、専門歌人のように衒学でもなく、見たまんまのような歌が多く、古典が苦手という方にも親しめるとおもいます。
例をあげていってみましょう。
①早苗編
『早苗
うゑわたす早苗の末葉うちなびき田面すずしき夏の夕かぜ』
一面に植えられた早苗の葉の先端が風になびいている。水田の上を渡って吹いてくる夏の夕暮れの風は涼しくて良い気持ちだなあ。
『五月雨
昨日見し早苗みじかく成りにけり水かさしらるる五月雨の比』
昨日みた早苗があんなにも丈が短くなっている。ずいぶんと梅雨の雨が降り続いていることがそれで分かる。
『早苗
小山田や岩かきたかくせき入れて谷行く水をとる早苗かな』
小山にある田よ、岩の垣を高くして関にし、谷を下る水をながしこんで、そうやって人が大変苦労して作って通した水をうけて早苗が育っているよ。
②五月雨編
『河五月雨
山河やにごりし水の程見えて巌にのこるさみだれの跡』
山河がすごいことになっている、梅雨で濁った川水の様子がみえるし、岩には雨の跡がくろぐろとみえている。
『河五月雨
宇治川や水かさまされば中々に里しづかなるさみだれのころ』
宇治川だ、梅雨で水かさがまさって川が渡れないから里が静かだ。
③旅編
『夕立
くやしくぞ笠とりさわぐかき曇りふらで晴行く夕立の空』
空が曇ってきたので、それ夕立だとばかりに笠をとりだし大騒ぎして準備したのに、雨が降らずに晴れていった夕方の空。ああ、くやしい~。
『旅夕
行くままに山の端にぐる心地して道遠ざかる旅の暮れかな』
歩んでいるのに山がちっとも近づいてこない。そればかりか、進むにしたがって山が逃げていく感じがして、暮れ時にはもう疲れる。ほんに旅はつらいものよのお。
※ 山は歩いているとき、大きな目安になります。右にみえるあの山の端っこのわきを通り過ぎたら・・・そうおもって歩けども疲れているときはちっとも近づいてくれないような気がします。近づいてくれない山を見るともっと疲れます。
『夏旅
日のよわき朝夕ばかり道分けてひるも宿とう夏の旅人』
夏の季節に旅する人は、陽射しの弱い涼しい朝夕にばかり歩いて、夜だけでなく昼も宿で休もうとするものよ。
『嶺雲
ゆき帰る心の宿と成りにけりわがあらましの峰のうき雲』
向う予定の山脈の上に浮かぶ雲が心の宿となったよ。
④恋編
『初恋
まだしらぬ恋路くるしく思ひ立つけふはいかなる月日なるらん』
話ばかり聞いてまだ体験したことのない恋の道へ踏み出す今日という日は、あとでふりかえってみるとどういった日というふうに思い出すようになるのだろう。
『老後初恋
くるしさも涙もろさも老ゆゑとまぎらはせども昨日にも似ず』
苦しさも涙もろさもきっと老いのせいだろうとおもって心をいつわっても、もはや昨日とは似てもつかない恋におちた今日。
恋歌は実体験を詠むというわけでなく、題に沿ってその気持ちになって詠むというヴァーチャル体験が多いです。老いてますます盛んというわけではないでしょう、と晩年は寺に遁世した政弘を弁護しておきます。
『不逢恋
命にもかへむとぞ思ふあひ見ての後の心はまだしらねども』
ともかく逢いたい。ただ逢いたい。逢えるものなら命にかえてもとおもう。逢えたあとまでは考えられない。逢った後まではこの気持ちが続くかどうかは保証できない。けれどそんなことを考えていられないほど逢いたい気持ちは強いんだ。
逢いたい気持ちと、逢ったあとの気持ちが別ものなのは、前者は空想の他者が、後者は実際の他者が相手ゆえにということで、「不逢恋」という題詠で詠まれたこの歌は前者の世界を素直に的確に批判的に表現している歌だとおもいます。
大内政弘の恋愛話なんて何も伝わっていないのですが、どういった相手に惚れたんでしょう。ちょっと気になります。もっともこの歌は伊勢物語の在原業平や源氏物語の光源氏を念頭に歌ったような気がします。
※引用はいずれも「私家集大成6・新編国歌大観8『拾塵和歌集』(角川書店刊行)」より