大内文化まちづくり~甦れ歴史空間~|山口県山口市

室町時代の書を読む(6)山上宗二記~大内氏所蔵のお宝

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     山上宗二記 付茶話指月集(熊倉功夫校中 岩波文庫 2006年)

 この書物は正確には安土桃山時代の書ですが、室町時代に発生した茶の湯についての本ですので、紹介します。

 「山上宗二記」は、千利休の弟子である山上宗二(1544~1590)が書き残した茶の湯伝書で、茶の湯についての歴史や作法のほかに、名物目録も記されています。天下に広く知られた逸品の紹介です。その目録のなかに大内氏の名が二回出てきます。

 まず、「花入の分」において、

「一、かぶらなし 堺、天王寺屋宋及にあり。
 昔、大内殿内さがら遠州所持。その後、堺薩摩屋宗忻所持。薄板にすわる。
 右三つ花入名物なり。・・・」(P64)

 「さがら遠州」とは、大内義隆の信任厚いことをよいことに専横を欲しいままにして陶晴賢に憎まれた相良武任のことでしょうか。

 現在根津美術館に「青磁筒花生 銘 大内筒」(重要文化財)が所蔵されています。銘の「大内筒」は大内氏伝来のために大内筒と名づけられています。箱書には「東山殿(足利義政のこと)御所持」とあるそうです。この花入のことでしょうか。

 内閣文庫所蔵本「大内物語」には、相良武任が、天下にかくれなき茶碗・茶壷・天目を京・堺まで尋ねて手に入れたとあり、その中に「松本茶碗」の名があります。

 これは、「天下に三つの茶碗」ということで、山上宗二記に紹介されています。

「一、松本茶碗 惣見院殿御代に火に入り失い申し候。代五千貫。様子五つきさうたるせいじの茶碗に、上にふきすみあり。口五寸二分、高さ一寸八分、いとぞこ一寸七分。善き茶碗とはこの事なり。なお口伝あり。」

 惣見院殿とは織田信長のことで、この茶碗は本能寺の変のさいに焼失したようです。

 日本にあるベスト3の花入・茶碗を所持していた大内氏。

 また現在、野村美術館所蔵の「茶入 上杉瓢箪」は天下6瓢箪随一といわれるものですが、これも大内義隆が所持していたことがあるそうで、別名「大内瓢箪」ともいわれます。

 これらのことから、大内氏はほかにもいろいろ名物を所持していたことが容易に想像できます。

 大内文化の水準の高さがうかがえる資料です。

 さて、ついで、山上宗二記の名物目録のなかの「御絵の次第」で、

「玉■(石+間)八幅墨絵なり。紙に書き候。
一、平砂落雁 関白様にあり。
一、江天暮雪 是は大内殿御代、周防の山口にてうせ候。
・・・」(P57)

 玉■(石+間)は中国南宋時代の画家で、その作品は当時牧渓と並んで垂涎の的となった画家です。

 「周防の山口にてうせ候」とは、陶晴賢の乱か、大内義長が滅ぶまでの騒乱で焼失したことと推測されます。

 この絵は瀟湘八景の一つです。八幅のうち現存は遠浦帰帆図、山市晴嵐図、洞庭秋月図で、このうち遠浦帰帆図が重要文化財に指定されています。

 現存する宋画で、大内氏のもとにあったといわれているのが国宝「秋景冬景山水図 伝徽宗筆」です。足利義稙が大内政弘に贈り、のち義隆が策彦周良に贈ったといわれています。この他、国宝「山水図 伝李唐筆」や国宝「桃鳩図 徽宗筆」も大内氏に蔵されていた可能性があるそうです。

 中国や朝鮮半島との貿易に名を馳せた大内氏の面目躍如といったところでしょうか。 

 大内氏館の部屋にこれらの逸品が飾り付けられたところを想像すると感嘆のため息が出てきませんか。

 

 参考文献 「大内文化の遺宝展図録(山口県立美術館 平成元年)」

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